
街の道具としてデザインされたダウンウェア
F/CE.®が国内屈指のダウンファクトリーNANGAに別注を依頼するエクスクルーシブライン。そのディテールを解き明かすために、これまでNANGA代表である横田智之氏による2本のインタビューを更新してきた。
第3回目となる今回は、F/CE.®のクリエイティブディレクターである山根敏史が登場。自身のNANGAとの出会い、そこからコラボレーションパートナーに発展する経緯、そして今やF/CE.®の主力商品であるNANGAとのダウンウェアのデザインについて、プロジェクトの意義を交えて語る。
Photo : Shouta Kikuchi
Text&Edit : Shota Kato
ダウンウェアは特殊なものづくり
—— 山根さんはNANGAの寝袋を長く使っていると聞きましたが、まずはその出会いから聞かせてください。
キャンプで寝袋が必要になって、石井スポーツで偶然見つけたんです。下げ札に漢字で大胆に「永久保証」と書いてあって。店員さんに勧められるなかで、歴史がある寝袋メーカーで、元々は羽毛布団を作っていたということを知りました。NANGAの寝袋は底面がすごく手間のかかるボックスキルトに縫製されていて。ライトウェイトで小さくパッキングできる寝袋が出始めていた頃なのに、NANGAの寝袋は生地が大きいし、寝袋なのに防水というところが面白くて、これでキャンプしてみたいという気持ちにさせられましたね。後で調べてみると、寝袋に詰まっている羽毛は取り扱いも品質もその管理も難しいということがわかって。NANGAは国内最高峰の河田フェザーの羽毛をずっと使い続けていて、その技術でダウンウェアを作れないかなと考え始めたんです。
—— 永久保証って寝袋を無償で修理してくれるということですか?
そうなんですよ。穴が空いたりするとリペアしてくれるんです(※ファスナー交換は有償)。寝袋は擦れたりすると羽毛が平らになってしまうけど、NANGAは全部を再生してくれて。NANGAは自社工場での縫製を貫いてきたから、すごくリスペクトできるというか。海外製品を修理に出すと、国外に修理品を送るというプロセスに時間がかかってしまう。キャンプはシーズンありきだから、ユーザーがリペアの必要性に気づくのはシーズンイン後になりがちなんですよ。それで1ヶ月以上も待たされたら、寝袋をもう1つ買わなきゃいけない状況になる。クイックに対応して、自分たちの状況下で管理できるという点も素晴らしいですし、そういうところも僕がモノを購入する基準だったりします。
—— NANGAにコラボレーションを依頼するまでにはどんなプロセスがあったのですか?
Ficouture(F/CE.® の前身)が春夏シーズンの展示会をやっていたときに、NANGAの横田社長とパタンナーの方が東京に来ていて、僕らの商品を見てもらったんです。そこで商談をいきなり始めたという(笑)。NANGAも寝袋とあわせてダウンウェアを作っていきたいと考えていたタイミングで、僕らはパターンからデザインまで考えて、イチから作らせてほしいとリクエストしました。
その翌週には滋賀の本社と工場を見学して、具体的にデザインを進めていくというスピード感でしたね。最初に作ったのはダウンジャケット一型だけでした。
—— NANGAとのダウンウェアは今やF/CE.®において、かなりコアで人気のプロダクトになっていますよね。
2年くらい前からアウトドアブランドがダウンウェアに力を入れ始めて、ダウンというカテゴリーが際立つようになった時代の流れに乗っかる形で、僕らのプロダクトも注目されるようになりました。ダウンウェアは洋服を作るのとはまったく別の頭で作っているというか。難しくて特殊なんですよ。部位によっては羽毛量を減らさないと、理想的なフィッティングや着心地が完成されないというか。ただデザインしてダウンを詰めればいいのではなくて、羽毛量とその詰め方を指定しないと、僕らが求めるシルエットを実現することは難しいんです。その意味では、ダウンウェアのデザインはバッグに近いのかもしれませんね。バッグも見た目以外にフィッティングとか、中に詰めるスポンジの形状とかを細かく調整する必要がある。難しくもあり、面白いところでもありますね。
タウンユースを最優先に考えたクリエイション
—— アウトドアブランドがファッションに近づいて、ファッションブランドがアウトドアに近づこうとする傾向がありますが、後者であるF/CE.®はアウトドアの要素をどのように昇華しようと考えていますか?
極端な話、THE NORTH FACEやPatagoniaへの対抗意識はまったくなくて。彼らのテクノロジーには勝てないし、バックボーンも企業レベルも全然違う。ただ、デザインやフィッティングでは、肩を並べて戦えるクオリティには、僕ら目線では仕上げるようにしていて。タウンユース、アウトドアユースとしてどう使えるのか。一番の差別化はシルエットだと思いますね。
—— 具体的にどの部分ですか?
分かりやすいのはレディースのプロダクトですね。機能は僕が作り込んで、春山(春山麻美、F/CE.® デザイナー)が女性視点でデザインを詰めていく。彼女が意識しているのは、グローバルブランドが作るウィメンズの洋服ってウエストがシェイプされているんですよ。スポーツ、アウトドアの世界は、体にフィットすることがセオリーだけど、タウンユースとしてはトゥーマッチな部分もある。フィッティング以外では、僕らにとってはフードや襟のないダウンジャケットがあってもいいですし、洗練されたシルエットを作りたければ、部位によって羽毛量を調整します。
—— NANGAの横田社長もお話ししていましたが、部位によって羽毛量を調整するのは、まさにデザインを優先しているということですよね。
僕がお店に洋服を見に行ったりして思うのは、ダウンジャケットをはじめ、安易に作られたものが世の中には氾濫しているということなんです。もちろん、それでいいという考えもあるけど、ダウンジャケットは年々高騰しているから、ブランドはユーザーに還元できる何かを確保するべきだと思っていて。これも精神論だけど、僕は「無理をしない」という答えを見つけ出しました。今季は「FLIGHT」(エフライト)というオリジナルの生地を採用していて、どうしても既製品より高くなってしまうんですよ。でも、それを使うことに決めた背景を理論として紹介することで、バイヤーやユーザーの皆さんに納得して購入していただくのが理想。そのための手法やデザインを、僕らは伝えていかなければいけないんです。
機能やシルエットのために妥協できない数々のディテール
—— NANGAの横田社長は、「F/CE.®のプロダクトはいい意味で難しく、縫製の難易度が弊社の別注商品のなかでもベスト3に入る」と話していました。
「この細かい指示、なんとかならないですか」って、よく言われます(苦笑)。ダウンは内側に直接入れるのではなくて、羽毛が抜けないためにダウンパックという袋に入れられることがほとんどなんですね。それでもパックしない部分があって、そこには毛が抜けないステッチの糸を使って縫製するんです。ただ、そうすると糸を掛け替えなきゃいけないから、そのためだけに糸を仕入れなければいけなくて。
—— NANGAサイドには、コストが掛かることをやっていただいているんですね。
そこは本当に感謝していて。ダウンジャケットに使うパーツ数も、NANGAが縫製しているブランドの中で、ずば抜けてウチが多いみたいです。あと10パーツ減らしてくださいという交渉もありましたけど、それは妥協できなくて、削ぎ落とさずにやっていただいています。自分自身、僕は相当クチうるさいやつですね(苦笑)。
—— パーツもやはりシルエットを追求するために?
そうですね、微妙な角度やカーブを形にすることで、機能や着心地も高まるので。フードには形状記憶できるワイヤーを使っているんですけど、それも普通のワイヤーじゃダメなのかと聞かれたりします。あとはYKKのスライダージップは結構特殊なタイプを使っていて、一番衝撃に強いんですよ。それはなかなか手に入らないのだけど、やっぱり自分には街着としての機能をデザインすることが柱になっていて。新型の「FT CLIMB JKT」には通気性を良くするためにベンチレーションが付いていて、体温をより効率的に調節できるように機能的なメッシュを使っていますし。街着としての機能やシルエットを追求するためには、あらゆるディテールを追求しなければいけなくて。
ものづくりの原点を再確認できる、人間味にあふれたプロジェクト
—— NANGAとのコラボレーションプロジェクトからF/CE.®のクリエイションにはどんなことがフィードバッグされていますか?
ものづくりの原点ですね。僕らがやっているゼロかイチから産み出すことには、細かいステッチワーク、中身の構造、着心地、パターンとかが集約されていて。だからこそ、それをどうやって世の中に伝えて、お客さんに理解して買ってもらえるのかはすごく重要なことで。それはNANGAとの取り組みから教えてもらいました。実際に工場に足を運んで、縫製している人たちが使っている道具を見ることで、新しい発見や驚きがあったりしますし、僕らのプロダクトを支えてくれるNANGAの素晴らしい技術が安易に受け取られないようにしないと。
—— それを伝えるための役割をF/CE.®が担っていくと。
3年前くらいかな。僕の指示があまりにも細かくて、「もう生産できません」とNANGAサイドから言われたことがあるんです。パーツの色を黒で統一してくほしいというリクエストで、僕からするとデザイン視点で何でも黒に統一するのはあり得ないし、そうしてしまうことがNANGAにとってもマイナスだと思ったんです。
—— 横田社長は「F/CE.®の理想の高さに付いていくのは大変だけど、僕らが技術進歩していくためのヒントを教えられている」と言っていました。
やっぱり滋賀の郊外にある工場と東京でものづくりしている僕らの感覚には温度差が生じてしまうけど、それは仕方ないんですよね。そもそもデザインと縫製の視点は違うものの人間味にあふれていますし、そこをうまく調整できると必ず素晴らしいプロダクトを完成できる自負がある。
—— この先のNANGAとのコラボレーションプロジェクトにおいて、F/CE.®としてはどんなビジョンを描いているのでしょうか。
僕らはダウンジャケットの永久保証を謳っていないけど、プロダクトのリペアに対応できる体制を整えたいと考えていて。冒頭でも話したとおり、NANGAには素晴らしいリペアのノウハウがありますし、F/CE.®のパーツストックもある程度残っているんです。ダウンジャケットって1年に着たとしても2,3ヶ月でしょう? クローゼットから引っ張り出して、万が一壊れていたら、すぐに着たいじゃないですか。そういったケースにクイックに対応できるのが日本製品の魅力だと思うし、NANGA自体、そういうところが他の工場より長けていて。プロダクトとしては、アウトドアの考え方に基づいて作られていないので、街の道具として機能を揃えたテキスタイルや裏地、構造や付属品を選び抜いているということを、もっと伝えていきたいですね。